ブッチョン(北村)体験
キョンヒグン(慶煕宮) 2008-12-29 

史蹟271号に指定されているキョンヒグンは、朝鮮後期の離宮である。1617年(光海君9)に建設が開始し、1623年(光海君15)に完成した。キョンヒグンの前にはインジョ(仁祖)の父親であるチョンウォングン(定遠君)の家があったが、この地には王の気が漂っているという話があったため、その敷地を沒収して、王宮を建てたという話が伝わっている。キョンヒグンの完成当時の名称はキョンドックン(慶徳宮)であったが、ウォンジョン(元宗)の諡号である「キョンドク(敬徳)」と同じ発音だということで、1760年(英祖36)にキョンヒグンと改称した。
文禄・慶長の役でキョンボックン(景福宮)が焼失した後、大院君が再建するまで東闕のチャンドックン(昌徳宮)とチャンギョングン(昌慶宮)が法宮とされ、西闕のキョンヒグンが離宮として使われた。 インジョ以後、チョルジョン(哲宗)に至るまで10代の王がキョンヒグンを離宮として使ったが、特にヨンジョ(英祖)は治世の半分をここで過ごした。
キョンヒグンには正殿であるスンジョンジョン(崇政殿)を初め、便殿であるジャジョンジョン(資政殿)、寝殿のユンボクジョン(隆福殿)、フェサンジョン(会祥殿)など、約100棟の建物があった。しかしテウォングンがキョンボックンを再建し、キョンヒグンにあった建物の大部分を移した。また、日帝が大韓帝国を併合し、1910年に日本人のためのキョンソン(京城)中学校を建てたため、スンジョンジョンなどキョンヒグンに残っていた重要な建物がほとんど破壊され、面積も半分ほどに縮小された。これにより、キョンヒグンは王宮の姿を失ってしまった。

02-724-0274~6
平日 09:00~18:00 / 祝日 10:00~18:00 休館日(1月1日、毎週月曜日)
ソウルチョンノ(鍾路)区シンムンノ(新門路)2街1-126